インシナックス 訪問販売と電子契約のガイド

クーリング・オフ期間中に着工していいのか — 解除されたときに事業者が負う3つの負担

公開:2026年8月4日 / 最終更新:2026年8月15日

この記事は、訪問販売で工事をともなう契約を扱う事業者向けに、特定商取引法の規定を整理したものです。一般的な情報提供であり、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の判断は弁護士にご確認ください。

お客様が契約してくださった。工期の都合もある。職人の手配もついている。だから明日から始めたい。

訪問販売の現場では、よくある話だと思います。

ただ、その工事がクーリング・オフ期間中に行われた場合、あとで解除されると、事業者側の負担は思っているより重くなります。工事代金を請求できないだけでは済みません。

この記事では、特定商取引法がクーリング・オフの効果として何を定めているかを整理し、そのうえで「では現場はどう回せばいいのか」まで書きます。

先に申し上げておくと、着工そのものを法律が禁じているわけではありません。 禁止規定はありません。ですから「違法だからやめましょう」という話ではない。事業リスクとして、金額に換算して理解しておくべき話です。


結論:解除されたら、工事代金も原状回復費用も事業者が負う

まず全体像です。訪問販売の契約がクーリング・オフされた場合、事業者は次の3つを負います。

1. 既に提供した役務の対価を請求できません。 工事が終わっていても、途中でも、代金を請求できません。

2. 損害賠償も違約金も請求できません。 「材料を発注済みだった」「職人の日当が発生した」といった実損があっても、請求できません。

3. 工作物の現状が変更されていれば、無償で原状回復する義務を負います。 屋根にパネルを載せた、給湯器を入れ替えた、配線を通した。これらを元に戻す費用は、事業者の負担です。

つまり、工事にかけた費用を回収できないうえに、元に戻す費用まで追加で発生します。 出ていく一方です。

消費者庁の特定商取引法ガイドは、この点をお客様向けにこう説明しています。

商品が使用されている場合や、役務が既に提供されている場合でも、その対価を支払う必要はありません。また、消費者は、損害賠償や違約金を支払う必要はなく

工事による現状変更については、こう書かれています。

無償で元に戻してもらうことができます

「元に戻してもらう」の主語はお客様です。費用を負担するのは事業者です。


具体的に何が起きるか

金額のイメージを持っていただくために、太陽光発電システムの設置で考えてみます。

契約金額150万円。契約から3日後に着工し、屋根への架台設置とパネルの固定、パワーコンディショナーの設置、屋内配線の引き回しまで終えた。工事は2日で完了した。

その翌日、クーリング・オフの通知が届いた。契約から6日目です。8日以内なので、解除は有効に成立します。

このとき事業者が負うのは、次のとおりです。

工事代金150万円は請求できません。 完成していても同じです。

パネル・架台・パワコンの原価と、職人の人件費は回収できません。 損害賠償として請求することもできません。

さらに、原状回復の費用が発生します。 パネルと架台を撤去し、屋根の穴を塞ぎ、防水処理をやり直し、引き回した配線を撤去して壁の開口を復旧する。この費用は事業者の負担です。撤去工事は設置工事と同じかそれ以上の手間がかかることも珍しくありません。

撤去したパネルは、多くの場合そのまま次の現場には使えません。 一度屋根に固定した部材の状態は、新品とは扱えないためです。

契約金額の全額を失ったうえに、撤去費用が上乗せされる。実質的な損失は契約金額を超えます。


なぜこうなっているのか

厳しい規定に見えると思います。ただ、この制度の趣旨を理解しておくと、現場の判断がぶれにくくなります。

クーリング・オフは、訪問販売という販売方法そのものの特性に対する制度です。

お客様は、自分から店に出向いたわけではありません。買うつもりで一日を始めたわけでもない。自宅という、断りにくい場所で、その場で判断を求められています。冷静に比較検討する時間も、家族に相談する時間もないまま契約に至ることがある。

だから法律は、契約後に頭を冷やす期間を設けました。これがクーリング・オフです。

そしてこの期間を実質的なものにするために、「解除しても損をしない」状態を保つ必要があります。もし工事が進んでいることを理由に費用を請求できてしまえば、お客様は解除をためらいます。着工を急ぐことで解除を事実上封じるという運用が可能になってしまう。

法律はそれを封じています。事業者が期間中に工事を進めたのなら、そのリスクは事業者が引き受ける。そういう構造です。

ここが理解できていると、「急いで着工する」という判断がどういう賭けなのかが見えてきます。

訪問販売の契約書面まわりの手順全体は、訪問販売の契約書面は電子化できるのかで整理しています。


見落とされやすいのは「8日はいつから数えるのか」

ここからが本題です。

多くの事業者が「契約から8日」と理解していますが、正確ではありません。起算日は、法定書面をお客様が受け取った日です。

契約日ではありません。書面を渡した日です。

そして、ここに二重の落とし穴があります。

落とし穴1:書面に不備があると、期間が始まりません

法定書面には、記載すべき事項が細かく定められています。商品の種類、販売価格、代金の支払時期と方法、引渡しの時期、クーリング・オフに関する事項、事業者の氏名・住所・電話番号・代表者氏名、契約担当者の氏名、契約年月日、型式、数量。ほかにもあります。

これらに欠けがあると、法定書面を交付したことになりません。 交付していないのですから、期間は起算されません。

つまり、契約から3か月経っていても、書面に不備があればクーリング・オフはまだできる状態です。

「8日過ぎたから大丈夫」と思っていた案件が、実は期間が一度も始まっていなかった。これは実際に起きています。

落とし穴2:電子交付では「送っただけ」では起算しません

契約書面を電子データで提供する場合、起算点はお客様の端末にファイルが記録された時点です。

メールを送信した時点ではありません。お客様の側で受信され、記録された時点です。

さらに消費者庁のガイドラインは、事業者に到達と閲覧可能状態の確認を求めています。送信して終わりではなく、届いたこと・見られる状態にあることを確認する義務があります。

この確認が取れていなければ、起算日を立証できません。 立証できないということは、実務上は起算していないのと同じです。

すると、どうなるか。

8日はいつまでも終わりません。 契約から半年後にクーリング・オフを主張されても、事業者側は「あのとき起算していました」と示せない。

この状態で工事を進めるのは、期間中の着工よりさらに危うい。期間が終わる見込みが立たないまま、リスクだけが積み上がります。

何をもって到達を確認するかは、「送りました」では交付になりませんで詳しく書きました。


現場でよく起きる3つの場面

場面1:お客様が「早く始めてほしい」とおっしゃる

これが最も多いと思います。給湯器が壊れている、雨漏りしている、といった事情があれば当然です。

ただし、お客様がクーリング・オフの権利を放棄することはできません。 「急いでほしいと言われたので」は、解除を拒む理由になりません。念書を取っても同じです。法が定めた権利は、当事者の合意では消せません。

緊急性がある場合の考え方は後半に書きます。

場面2:工期の都合で待てない

職人の手配、資材の納期、他の現場との兼ね合い。事業者側の事情としては切実です。

ただ、これは事業者側の都合であって、お客様の権利を制限する理由にはなりません。8日待つ前提で工程を組むのが、本来あるべき姿です。

場面3:8日経ったと思っていたが、起算していなかった

前述のとおりです。書面の不備と、電子交付の到達確認。この2つが原因で、期間が始まっていないケースがあります。

これは現場の判断ミスではなく、書面と記録の設計の問題です。仕組みで解決すべきところです。


では、どうすればいいのか

現実には、8日をきっちり待てない案件もあります。それを踏まえたうえで、次の順で考えるのが妥当だと考えています。

1. 起算日を確実に立てる

すべての出発点です。起算日が立っていなければ、待っても意味がありません。

法定書面の記載事項に漏れがないこと。書面を交付した日付が記録として残っていること。電子交付なら、到達と閲覧可能状態を確認し、その記録を残していること。

ここが固まって初めて、「あと何日で期間が満了する」と言えるようになります。

2. 満了日を全員が見える形にする

契約ごとの満了日が、営業担当にも工事の手配をする人にも見えている必要があります。

頭の中の計算や、担当者の記憶に頼ると、必ずどこかでずれます。契約情報の一部として満了日が表示されているのが望ましい形です。

3. 満了日より前の着工は、判断した記録を残す

それでも着工が必要な場面はあります。そのときは、誰が、何を理解したうえで判断したのかを記録に残してください。

リスクを承知で進めたという記録があれば、社内での責任の所在がはっきりします。事故が起きたときに「知らなかった」で終わらせないためです。

なお、この記録はお客様の権利には何ら影響しません。あくまで社内の管理のためのものです。

4. 緊急性がある場合は、契約を分ける

給湯器の故障のように、待てない事情がある場合。応急処置と本工事を分けて考える方法があります。

ただしこれは契約の設計に関わる話で、切り分けを誤ると「実質的に同一の契約」と評価されるおそれがあります。この判断は弁護士にご確認ください。 一般論として書ける範囲を超えます。

クーリング・オフ後に返金しないことが、実際に処分理由になっています。点検商法で行政処分になった事例から、自社のNGラインを引くをご覧ください。


実装してみて分かったこと

インシナックスを開発する過程で、この論点をシステムにどう落とすかを検討しました。そこで分かったことを共有します。

ブロックするか、警告にとどめるか

最初に迷ったのは、満了日より前の着工予定日を入力できないようにするかどうかでした。

結論として、ブロックしない設計にしました。 警告を出し、承知して進めた記録を監査ログに残す形です。

理由は2つあります。

ひとつは、これが法令違反ではないからです。禁止規定がない以上、システムが一律に禁じるのは行き過ぎです。緊急性のある案件を止めてしまうと、現場が回りません。

もうひとつは、ブロックすると回避されるからです。入力できなければ、着工予定日を空欄にするか、嘘の日付を入れるようになります。そうなると記録の価値が失われます。正直に入力しても止められないからこそ、記録が実態を映します。

起算日は自動で立てないほうが安全でした

当初は「書面を交付したら自動で起算日を立てる」実装を考えていました。

これは危ういと判断して変更しました。画面で開いただけでは交付になりません。 閲覧と交付は別物です。ここを混同すると、起算していないのに起算したことになってしまう。実態より事業者に有利な記録が残るのは、最も避けるべき状態です。

現在は、交付メールの送信が成功した時点を起算の起点とし、閲覧の記録とは明確に分けています。

満了日は計算するより、表示し続けるほうが効く

満了日を計算する機能を作っても、見に行かなければ意味がありません。

案件の詳細画面に、交付方法・起算日・満了日を常に表示するようにしました。探さなくても目に入ることが重要でした。営業担当が着工日を相談されたその場で、満了日が見えている状態を作りたかったからです。


まとめ

クーリング・オフ期間中の着工は、法律で禁じられてはいません。ですから、やるかやらないかは事業判断です。

ただし解除された場合、事業者は工事代金を請求できず、損害賠償も違約金も請求できず、原状回復を無償で行う義務を負います。 損失は契約金額を超えることがあります。

そして最も重要なのは、起算日が立っていなければ、期間はいつまでも終わらないという点です。書面の不備、電子交付の到達確認の欠落。この2つが原因で、事業者が「もう8日過ぎた」と考えている案件が、実は一度も起算していないことがあります。

8日を待つかどうかより先に、8日が始まっているかどうかを確認してください。 そこが出発点です。


参照した一次情報


訪問販売の契約実務について、ご相談を承っています。

起算日の管理、法定書面の記載事項、電子交付の到達確認。実装した立場からお答えできることがあります。インシナックスの実際の画面をご覧いただくこともできます。

お問い合わせ:info@michibikiworks.com

執筆:五十嵐 天導(みちびきworks 代表)

訪問販売の契約書面の電子化について、ご相談を承っています。

電子契約システム「インシナックス」は、訪問販売の現場に合わせて設計しています。 ご質問は info@michibikiworks.com までお気軽にどうぞ。

← 記事の一覧へ戻る