点検商法で行政処分になった事例から、自社のNGラインを引く
この記事は、訪問販売で工事をともなう契約を扱う事業者向けに、特定商取引法にもとづく行政処分の事例を整理したものです。一般的な情報提供であり、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の判断は弁護士にご確認ください。
行政処分の公表資料には、認定された発言がそのまま書かれています。
「近所で工事をしているので挨拶に来ました」「屋根の一番上の覆いが壊れている。早く直さないと雨漏りして家がだめになる」——こうした一言が、処分の理由として並んでいます。
これは、行政が何を見ているかを知るための、いちばんはっきりした資料だと思います。条文を読んでも「不実告知」としか書かれていませんが、処分書には具体的な言い方が載っています。
この記事では、直近1〜2年の処分事例から認定された行為を類型ごとに整理します。事業者名は書きません。 目的は誰かを名指しすることではなく、自社の営業と運用のどこに線を引くかを考える材料にすることです。
結論:処分の入口は、ほぼ全件が「名乗り方」です
集めた事例のほとんどで、特定商取引法第3条(氏名等の明示)違反が認定されていました。
条文はこうです。
販売業者又は役務提供事業者は、訪問販売をしようとするときは、その勧誘に先立つて、その相手方に対し、販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、売買契約又は役務提供契約の締結について勧誘をする目的である旨及び当該勧誘に係る商品若しくは権利又は役務の種類を明らかにしなければならない。(法第3条)
明示すべきは3つです。①事業者名 ②勧誘が目的であること ③商品・役務の種類。
処分事例で欠けていたのは、圧倒的に②です。
実際に認定された「入口の一言」
処分の公表資料から、そのまま引きます。
「点検は無料だから。外から見るだけだから。」
「点検に来ました」
「お隣の家で工事をしているので挨拶にきました」
「近所で工事をしている。お宅の屋根の棟板が風で揺らいでブラブラしているのが見えた。」
「お宅の屋根が壊れているので気になり訪問した。」
「工事をしていたところからあなたの家の屋根が見えた。屋根の突起部分がはずれている」
「近所で工事をしており、防水のシンナーの臭いで苦情が入ったので近所に聞いて調べさせてもらっています」
どれも、嘘をついているとは限りません。 本当に近所で工事をしていたのかもしれません。本当に屋根が見えたのかもしれません。
それでも第3条違反です。 「勧誘が目的である」と告げていないからです。
ここが分かれ目です
屋根に本当に不具合があったかどうかは、第3条とは関係がありません。
診断が正しくても、入口で勧誘目的を告げていなければ、その時点で違反が成立します。「本当のことを言っている」は、第3条の抗弁になりません。
逆に言えば、入口を直すのはいちばん簡単です。 名乗って、勧誘目的を告げて、何の工事の話かを言う。それだけで、処分事例の共通項から外れます。
次に多いのが、第6条第1項第6号です
不実告知の規定は第6条第1項で、第1号から第7号まであります。点検商法で圧倒的に使われているのが第6号です。
六 顧客が当該売買契約又は当該役務提供契約の締結を必要とする事情に関する事項
「あなたの家は今こういう状態だから、この工事が必要だ」という説明のことです。
認定された発言
「屋根が古くなっている。腐っているところもあるようなので、防腐剤をやった方がよい」
「屋根裏にこういう跡がある。水にぬれている」
「棟板がブラブラしていて、中の板もボロボロだから、風で飛んだり、雨漏りの心配がある。」
「漆喰がはがれていて、雨漏りしそうなところがある。」
「屋根の一番上の覆いが壊れている。早く直さないと雨漏りして家がだめになる。」
「屋根が剥がれたら、飛んでいって大変なことになります」
「不完全燃焼して危ないですよ」
営業の言葉としては、どれも自然に出てきそうなものです。 だからこそ危ないのだと思います。
処分書に共通するフレーズ
これらの発言の前に、公表資料は必ずこう書いています。
実際には消費者宅の屋根に著しい不具合がないにもかかわらず
認定の分かれ目はここです。 発言そのものが禁じられているのではなく、「実際にはそうではなかった」という事実認定とセットになっています。
つまり、線引きはこうなります。
- 劣化が実在するか
- その劣化が、いま工事を要するレベルか
- それを裏付ける記録があるか
写真の使い回しは、確実にアウトです
ある事例では、虚偽の画像を見せたことが認定されています。「お宅の屋根が剥がれているのが見えました」と告げ、実際とは違う画像を示した、という認定です。
他所の屋根の写真、教材用の写真、ひどい事例の写真。 どれも、その家の写真として見せた時点で不実告知になります。
別の事例では、法的根拠なく「一酸化炭素濃度50ppm」を基準値として示したことが認定されています。数値を出すなら、その数値の出どころが要ります。
第7号は「商品説明そのもの」も対象になります
第6条第1項第7号は、第1号から第6号以外で判断に影響を及ぼす重要な事項を拾う規定です。
認定された発言。
「片方の交換だけで3万円かかり、交換だと傷がつくため3年くらいしか持たない。その後は全部ダメになる。」
「古い給湯器が結構いい値で売れるので、今なら10万円で下取りする。」(実際はスクラップとして回収していただけ)
「X社メーカーと提携している」「Y社ガス事業者の提携会社」(実際には提携していない)
カタログのような説明でも、裏付けがなければ不実告知です
2024年に消費者庁が処分した外壁塗装等の事案では、製品の効能説明そのものが不実告知と認定されています。公表資料に、こう引用されています。
「表面張力が水の半分以下で水よりも深く木材の導管を通り浸透します。また優れた防水性による撥水効果で木部を保護しズレや割れの進行を抑えます。」
技術的な文章です。 威圧的でも扇動的でもありません。それでも、裏付けがなければ「役務の効果についての不実告知」になります。
メーカーの資料をそのまま読み上げているから安全、ということにはなりません。
書面の不備だけでも、処分されます
勧誘に何の問題がなくても、書面だけで処分されている事例があります。
香川県の事例は、外壁補修工事で書面を交付しなかったというものです。処分理由の記述を引きます。
外壁補修工事の役務提供契約を締結した際、同役務を提供し、かつ、同役務の対価の全部を受領したにもかかわらず、直ちに、同契約の解除に関する事項等法令で定める事項を記載した書面を交付しなかった事案が複数回認められました。
その場で工事を終えて、代金も全額もらった。それでも書面は要ります。
法第5条第2項が、こう定めています。
契約を締結した際に、…役務を提供し、かつ、…対価の全部を受領したときは、直ちに、…書面を…交付しなければならない。
「工事が終わって支払いも済んだのだから、もう書面は要らない」——その理解で処分されています。
記載していなかった項目の実例
ほかの事例で「記載がなかった」と認定された項目です。
- 役務の種類、対価、商品名、型式、数量
- 作業内容ごとの単価
- 使用した薬品や交換部品の商品名・製造者名
- 工事内容、材料名、支払方法
- 担当者名(偽名や姓のみの記載も認定されています)
- 活動実態のない登記上の住所だけを記載していた
そして、いま特に注意していただきたいものがあります。
「クーリング・オフは書面でないとできない」は、現在は虚偽記載です
ある事例では、「クーリング・オフは書面が必要でメールは不可」と書面に記載していたことが認定されています。
2022年の改正で、電磁的方法によるクーリング・オフができるようになりました。 古い契約書のひな形を使い続けていると、この一文が残っています。
書面のテンプレートを何年も見直していない会社は、いますぐ確認してください。
書面の記載事項全般については訪問販売の契約書面は電子化できるのかに整理しています。
クーリング・オフ後に返金しないこと
2026年に入ってから、この理由での処分が複数出ています。
本件事業者は、クーリング・オフ期間内に書面又は電磁的記録によりクーリング・オフを申し出た消費者に対し、本件契約に基づき受領した金銭の全部を返金しなかった。
これは第7条第1項第1号(債務の履行拒否)です。
また、「もう発注したからクーリング・オフはできない」と告げた事例もあります。こちらは第6条第1項第5号(解除に関する事項の不実告知)として構成されています。
クーリング・オフされたら、工事が終わっていても、材料を発注していても、返金します。 事業者が負う負担についてはクーリング・オフ期間中に着工していいのかに書きました。
「迷惑」と「判断力不足への便乗」
条文の見出しには出てこない類型ですが、処分事例では頻出します。
法第7条第1項第5号が、施行規則で定める行為を拾う受け皿になっています。使われているのは主に施行規則第18条第1号(迷惑を覚えさせるような仕方での勧誘等)と第2号(判断力の不足に乗じた契約締結)です。
第1号で認定された発言。
「たまたま近所に工事に来ていたので、車に道具や材料とかはそろっているのですぐに直せる」
「午後にやっちゃいます」
その場で決めさせる流れを作ることが、認定の対象になっています。
第2号(判断力不足への便乗)は、高齢のお客様相手の事案で認定されており、業務停止期間が長期化する要因になっています。24か月という事例もあります。
会社を畳んでも、代表者個人が止まります
ここが、経営者にとっていちばん重い部分だと思います。
法第8条の2は、業務停止命令をするときに、その法人の役員や使用人(過去1年以内に役員だった者を含む)に対しても、同じ期間の業務禁止を命じることができると定めています。
期間は最大2年です。
つまり、こうなります。
- 法人が業務停止命令を受ける
- 同時に、代表者個人が業務禁止命令を受ける
- 会社を解散しても、代表者個人は同じ期間、訪問販売の業務ができない
実際の処分事例では、業務停止命令と代表取締役への業務禁止命令が、ほぼセットで出ています。 3か月、6か月、9か月、12か月、24か月。
法人を切り離せば済む、という設計にはなっていません。
指示と業務停止の分かれ目
条文を並べると、こうなっています。
- 第7条(指示) … 取引の公正や購入者の利益が害されるおそれがあるとき
- 第8条(業務停止命令) … 著しく害されるおそれがあるとき、または指示に従わないとき
「著しく」の一語で分かれます。 そして指示に従わなければ、それだけで業務停止の対象になります。
数字で見ておく
国民生活センターに寄せられた相談件数です。
点検商法
- 2023年度 … 12,550件
- 2024年度 … 19,249件
- 2025年度 … 19,696件
2年で約1.6倍になっています。2025年度の全国の消費生活相談で、販売方法・手口別の第7位です。
屋根工事の点検商法に絞った統計では、こうなっています。
- 年代別で60歳以上が8割超(70歳代32%、80歳代24%、60歳代21%)
- 2022年度の平均契約金額は約132万円
- 契約金額は「100万円以上500万円未満」が43%で最多
太陽光発電システムの点検商法も、2023年度304件、2024年度613件と倍増しています。平均年齢69.1歳、平均契約金額約113万円。
全国の消費生活相談全体では、70歳以上が25.6%と最も高い割合を占め、平均契約購入金額は88万円です。
数字が増えているということは、行政の目が向いているということです。 相談件数が増えた分野に処分が集中するのは、当然の流れだと思います。
自社のNGラインを引く
処分事例から読み取れる線を、確認できる形に並べます。
入口
- 訪問したら、事業者名・勧誘目的・何の工事かを、勧誘の前に告げているか
- 「挨拶」「無料点検」「近所で工事中」を入口の名目にしていないか
- 本当のことでも、勧誘目的を告げなければ違反です
診断
- 「工事が必要だ」と言う根拠が、その家について実在するか
- 今すぐ工事を要するレベルだという判断の根拠を、後から示せるか
- 見せている写真は、その家の、その日の写真か
- 数値を出すなら、その数値の出どころを言えるか
その場の流れ
- 「すぐ直せる」「午後にやっちゃいます」でその日のうちに決めさせていないか
- 「今日だけ安い」「明日は値上がり」を使っていないか
- お客様の判断力に不安があるときに、そのまま契約に進んでいないか
書面
- 契約書面のひな形に「クーリング・オフは書面のみ」という記載が残っていないか
- 担当者名を正確に書いているか(姓のみ・偽名は認定事例があります)
- 作業内容ごとの単価、材料名、型式を書いているか
- その場で工事を終えて全額もらった場合も、直ちに書面を交付しているか
クーリング・オフ
- 申出があったら、工事が終わっていても返金する運用になっているか
- 「もう発注したから無理」と言っていないか
高齢のお客様
- 判断力不足への便乗は、業務停止期間が長期化する要因になっています
- ご家族への同席のお願いや、日を改める判断を、現場ができる形になっているか
住宅リフォームについては、消費者庁が過量販売規制の考え方を公表しています(2022年6月22日)。事業者向けのチラシもあります。 次々販売の線引きは、そちらで確認してください。
制度が動く可能性があります
2026年1月から、消費者庁で「デジタル取引・特定商取引法等検討会」が開かれています。
検討事項に、こう書かれています。
訪問販売や連鎖販売取引等の取引分野における、近年被害件数が増加しているものへの対応
訪問販売が、明示的に検討の対象に入っています。
2026年8月の時点で、点検商法を直接の対象とする法改正はまだありません。 中間取りまとめの公表も、私は確認できていません。ただ、規制が強まる方向で議論が進んでいることは、検討事項の書き方から読み取れます。
いま線を引き直しておくほうが、後から追いかけるより楽だと思います。
実装してみて分かったこと
入口の告知を、記録に残せるようにしました
第3条は「勧誘に先立って」明示することを求めています。告げたかどうかは、後から証明しにくい部分です。
訪問の記録として、事業者名・勧誘目的・工事の種類を告げたことをチェックする項目を置きました。営業担当者の自己申告ではありますが、無いよりは説明できます。
診断の根拠を、写真とセットで持たせました
第6条第1項第6号の認定は「実際には著しい不具合がないにもかかわらず」という形で行われます。不具合が実在したことを示せるかどうかが分かれ目です。
その日、その現場で撮った写真を、契約のデータに紐づけて保存する形にしました。後から別の写真を差し込めないようにしています。
契約書面のひな形から「書面でのみ」を外しました
2022年の改正で電磁的方法によるクーリング・オフが可能になっています。古い記載が残っていると、それ自体が虚偽記載です。
テンプレートを見直し、電磁的方法でも撤回・解除ができる旨を入れています。
担当者名を、必須にしました
処分事例で「担当者氏名の虚偽記載」「姓のみの記載」が認定されています。空欄でも通る作りにしないことが対策になります。
クーリング・オフの起算日を、常に画面に出しています
返金しないことが処分理由になっている事例が続いています。「もう期間は過ぎている」という思い込みが、いちばん危ないと考えました。
起算日と満了日を案件の画面に出し続ける形にしています。起算日が立っていない案件は、期間が始まっていません。
まとめ
- 処分の入口は、ほぼ全件が第3条(氏名等の明示)です。欠けているのは「勧誘が目的である」という告知
- 本当のことを言っていても、勧誘目的を告げなければ違反です。屋根の状態とは関係がありません
- 不実告知は第6条第1項第6号(契約を必要とする事情)が主戦場。認定は「実際には著しい不具合がないにもかかわらず」という形で行われます
- 写真の使い回しと、根拠のない数値は、確実に認定されます
- カタログのような製品説明でも、裏付けがなければ不実告知になります
- 書面の不備だけで処分されます。 工事を終えて全額もらった後も、直ちに書面が要ります
- 「クーリング・オフは書面のみ」という記載は、現在は虚偽記載です
- クーリング・オフ後に返金しないことが、2026年に入って複数の処分理由になっています
- 「午後にやっちゃいます」のような即決の流れは、迷惑勧誘として認定されます
- 判断力不足への便乗は、業務停止期間が長期化する要因です
- 会社を畳んでも、代表者個人が最大2年止まります(法第8条の2)
- 点検商法の相談件数は2年で約1.6倍。2025年度で19,696件
参照した一次情報
- 特定商取引に関する法律(e-Gov法令検索)
- 特定商取引に関する法律施行規則(e-Gov法令検索)
- 特定商取引法ガイド 執行状況(消費者庁)
- 行政処分の状況(消費者庁)
- 訪問販売によるリフォーム工事・点検商法(国民生活センター)
- 屋根工事の点検商法に関する注意喚起(国民生活センター)
- 太陽光発電システムの点検商法に関する注意喚起(国民生活センター)
- 2025年度の消費生活相談の状況(国民生活センター)
- 訪問販売又は電話勧誘販売における住宅リフォーム工事の役務提供に係る過量販売規制に関する考え方(消費者庁)
- デジタル取引・特定商取引法等検討会(消費者庁)
- 特定商取引法ガイド 訪問販売(消費者庁)
- 東京都・神奈川県・香川県・千葉県・静岡県の各行政処分の公表資料
訪問販売の契約実務について、ご相談を承っています。
入口の告知の記録、診断根拠の残し方、書面のひな形の見直し、クーリング・オフ期間の管理。実装した立場からお答えできることがあります。インシナックスの実際の画面をご覧いただくこともできます。
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