電子交付でやってはいけない9つのこと — 施行規則18条9号を現場の言葉に直す
この記事は、訪問販売で工事をともなう契約を扱う事業者向けに、特定商取引法の規定を整理したものです。一般的な情報提供であり、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の判断は弁護士にご確認ください。
電子交付の話をするとき、多くは「手順」の話になります。何を示して、何を説明して、どう承諾をいただくか。
ただ、手順を全部守っても、それとは別に引っかかる規定があります。
施行規則第18条第9号は、電子交付にまつわる禁止行為をイからリまで9つ、名指しで挙げています。しかも最後の「リ」は受け皿になっていて、8つに当てはまらなくても捕まる形になっています。
この記事では、9つが実際に何を禁じているのかを、消費者庁ガイドラインが挙げている具体例とともに現場の言葉に直します。ガイドラインの例は、どれも「ありそうだ」と思わせる書き方をしています。
結論:電子交付は、お客様にとって損得のない選択でなければなりません
9つを読み通すと、一本の筋が見えてきます。
電子を選ぶと得をする形も、紙を選ぶと損をする形も、どちらも作れません。
「ニ」が前者を、「ホ」が後者を禁じています。この2つは対になっています。つまり規則は、電子交付を「事業者が誘導するもの」にしてはならないという設計をしています。
残りの7つも、根っこは同じです。断られたのに進める(イ)、嘘を言う(ロ)、威圧する(ハ)、確認をごまかす(ヘ)、確認できないのに送る(ト)、代わりに操作する(チ)。すべて「お客様の意思ではないところで電子交付が成立してしまう」ことを防ぐための規定です。
そして「リ」が、そこから漏れたものを拾います。
ガイドライン自身が、この9号を置いた理由をこう書いています。
契約書面等に記載すべき事項の電磁的方法による提供の手続の規定があったとしても、それを悪用するなどして、消費者被害を発生させる事態も考えられる
手順を整えたことが、悪用の入り口にもなる。 その前提で読むと、9つの並びが理解しやすくなります。
9つを、現場の言葉に直す
条文の文言と、ガイドラインが挙げている具体例を並べます。例はすべてガイドラインからの引用です。
イ:断られたのに、手続を進める
電磁的方法による提供を希望しない旨の意思を表示した顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者に対し、電磁的方法による提供に係る手続を進める行為
「紙でお願いします」と言われた時点で、電子の話は終わりです。もう一度勧めることもできません。
ロ:「法律で電子になった」と言う
顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなるものにつき、不実のことを告げる行為
ガイドラインの例が、そのまま現場の光景です。
実際には法律上契約書面等に記載すべき事項の電磁的方法による提供は義務となっていないにもかかわらず、事業者が契約締結後に「法律上、紙での契約書面の交付は禁止され、電子メールでの送付が義務付けられている」、「当社は紙での契約書面の交付をしていない」などと告げる場合
後者に注意してください。「うちは紙をやっていません」も、ここに当たります。 実際には紙で交付する義務があるので、事実に反します。
ハ:「メールアドレスを教えるまで帰らない」
威迫して困惑させる行為
ガイドラインの例です。
事業者が契約締結後に「紙の契約書は持ってきていないので、電子メールで送付する。メールアドレスを教えるまでは帰らない」と声を荒げたので、消費者が戸惑ったような場合
「紙を持ってきていない」という状況そのものが、この行為の入り口になります。 後の節でもう一度触れます。
ニ:電子にしたら100円引き
財産上の利益を供与する行為
ガイドラインの例は、金額まで書いてあります。
契約書面等に記載すべき事項を電磁的方法により提供を受けることを承諾した消費者には商品代金を100円値引きするような場合
100円でも駄目だ、ということです。 金額の大小の問題ではありません。
ホ:紙なら諸経費100円
法第4条第1項又は法第5条第1項若しくは第2項の規定による書面の交付につき、費用の徴収その他財産上の不利益を与える行為
こちらも例が具体的です。
契約書面等に記載すべき事項の電磁的方法による提供については特段の費用は徴収せず、他方で契約書面等を交付するに当たっては諸経費として100円を徴収するような場合
ニと同じ構図を、逆から作っただけという整理です。
ヘ:確認のときに、不当な影響を与える
第10条第3項の確認に際し、偽りその他不正の手段により顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者に不当な影響を与える行為
適合性の確認(規則第10条第3項)そのものを歪める行為です。「はい、と言っておけば大丈夫ですから」といった誘導が想定されます。
ト:確認できないのに、送る
第10条第3項の確認をせず、又は確認ができない顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者に対し電磁的方法による提供をする行為
適合性の確認で止まったら、紙です。 この点はご高齢のお客様に電子交付はできるのかに詳しく書きました。
チ:スマホを預かって、代わりに操作する
偽りその他不正の手段により顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者の承諾を代行し、又は電磁的方法により提供される事項の受領を代行する行為
ガイドラインの例は、かなり踏み込んでいます。
消費者に契約手続に必要であると偽ってスマートフォンを預かっているうちに、承諾手続を代行したり、書類保管代行サービスをしていると偽って事業者のメールアドレス宛に契約書面等に記載すべき事項を送付するような場合
後半に注目してください。契約書面を事業者側のアドレスに送らせるという形が、名指しで挙げられています。
リ:意に反して承諾させる(受け皿)
イからチまでに掲げるもののほか、顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者の意に反して承諾させ、又は電磁的方法により提供される事項を受領させる行為
ガイドラインの例です。
消費者にスマートフォンを見せてほしいといってスマートフォンを預かっているうちに、承諾手続を進めたり、電磁的方法による提供を受けるような場合
チとの違いは「偽りその他不正の手段」があるかどうかです。嘘をついていなくても、意に反していれば「リ」で捕まります。
「早い」は言えます。「安い」は言えません
ここは、実務でいちばん役に立つ区別だと思います。
ニは「財産上の利益を供与する行為」を禁じていますが、ガイドラインは該当しないものも書いています。
電磁的方法による提供が郵送より早期に到達し、より早期にサービスを受けられるケースは当該規定に該当しない
つまり、こうなります。
- 「電子でお送りすると、その日のうちにお手元に届きます」 → 問題ありません
- 「電子にしていただければ100円お値引きします」 → ニに触れます
- 「紙をご希望の場合は諸経費として100円いただきます」 → ホに触れます
禁じられているのは金銭的な損得を作ることであって、早さを説明することではありません。
条文の「財産上の利益」という言葉だけを読むと、つい広く読んでしまいます。ここはガイドラインの本文を見ないと分かりません。
リがあるので、「9つを避ける」では足りません
イからチまでは、具体的な行為が書かれています。ですから、チェックリストにして避けることができます。
リは違います。「意に反して承諾させ、又は受領させる行為」という、行為の中身ではなく結果で判断する書き方になっています。
これは、規制の作りとしてはよくある形です。個別列挙をすり抜ける工夫が出てくることを前提に、受け皿を置いてあります。
現場の判断としては、こう考えるのが安全です。
「この形で承諾をいただいて、後からお客様に『そんなつもりはなかった』と言われないか。」
言われそうだと思ったら、そのやり方は「リ」に触れる可能性があります。8つに当てはまらないから大丈夫、という読み方はできません。
現場でよく起きる3つの場面
場面1:紙を切らして訪問してしまった
ハの例が、まさにこれでした。「紙の契約書は持ってきていない」という状況が、そのまま電子を押しつける動機になります。
このとき正しいのは、その場で交付できないことを認めて、後日交付するか郵送することです。急いで電子に切り替えようとすると、イ・ハ・リのどれかに触れます。
そして、クーリング・オフの起算日が立つのは交付の時点なので、後日になっても事業者が一方的に損をするわけではありません。
場面2:お客様のスマホを、代わりに操作してあげる
親切のつもりで起きる形です。チとリの両方が、この場面を名指ししています。
「お預かりして入力しますね」は、たとえ善意でも駄目です。そもそも規則第10条第4項が、お客様ご自身の端末をご自身に操作していただくことを求めています。代わりに操作すれば、適合性の確認をしたことになりません。
承諾の記入についても同じです。この点はチェックボックスでは承諾になりませんに書きました。
場面3:電子を勧めるトークに「お得」が混ざる
意図せず起きるのが、この形です。営業のトークとしては自然な流れなので、現場で自然に出てしまいます。
「電子だと事務手数料がかからないので」——これはホに触れます。 紙に費用がかかるという建て付けだからです。
「郵送代が浮くので、その分お安くできます」——これはニです。
電子交付の説明に、金額を出さないこと。 これを社内のルールにしてしまうのがいちばん確実です。
違反すると、どうなるか
ガイドラインは、この9号を行政処分の対象として定めたものだと明記しています。
一定の行為を禁止行為として行政処分の対象と定めています
つまり、「契約が無効になる」といった民事の話ではありません。 事業者に対する処分の話です。
そして、ここが実務上いちばん重いところですが、イからリの多くは「契約が成立したあと」の場面を想定しています。 契約は取れている。書面をどう渡すか、という段階です。
取引そのものは問題がなくても、書面の渡し方だけで処分の対象になりうるということです。
訪問販売そのものの禁止行為で、実際にどういう処分が出ているかは点検商法で行政処分になった事例から、自社のNGラインを引くに書きました。
実装してみて分かったこと
承諾画面の文面から、金銭に触れる表現を外しました
ニとホがあるため、システムが出す文面に金額を出さないことにしました。値引き、手数料、郵送代。どの方向であっても、金銭に触れた時点でどちらかに寄ります。
「早い」は残しました
ガイドラインが「郵送より早期に到達すること」を財産上の利益から明示的に外しているためです。早さは、電子交付を選んでいただく理由として説明して構いません。
ここは条文だけを読んで判断すると、必要以上に狭く作ってしまいます。
紙を選ぶ導線を、電子と同じ場所に置きました
電子を勧める画面の隅に小さく「紙をご希望の方はこちら」と置くと、形としてはイに近づきます。 選択肢として同格に見える配置にしました。
紙が既定で、条件が揃ったときだけ電子に切り替わるという設計にしているので、そもそも「電子を勧める画面」から始まらない形になっています。
営業担当者の端末では、承諾画面を開けないようにしました
チとリへの対策です。技術で完全に防げるものではありませんが、営業担当者の端末からその画面に到達できなければ、少なくとも「うっかり」は起きません。
適合性の確認は、規則第10条第4項がお客様ご自身の端末での操作を求めているので、設計としてもこうするしかありませんでした。
断られた記録を、残せるようにしました
イは「希望しない旨の意思を表示した」お客様が対象です。表示があったことを記録していなければ、後から「聞いていない」と言われたときに何も示せません。
「電子を希望されなかった」を選んで紙の交付に進める導線を用意し、その記録が残る形にしました。確認して止めた記録があるほうが、後から説明できます。
まとめ
- 手順を守っても、それとは別に禁止行為が9つあります(施行規則第18条第9号イ〜リ)
- 9つを貫く筋は、電子交付をお客様にとって損得のない選択にすることです。ニ(電子だと得)とホ(紙だと損)は対になっています
- 「うちは紙をやっていません」はロに触れます。 実際には紙で交付する義務があります
- 「早い」は言えます。「安い」は言えません。 ガイドラインは、郵送より早く届くことを財産上の利益から明示的に外しています
- スマホを預かって代わりに操作することは、チとリの両方が名指ししています
- リは受け皿です。8つに当てはまらないから大丈夫、という読み方はできません
- これらは行政処分の対象です。契約が取れていても、書面の渡し方だけで対象になりえます
- 実務としては、電子交付の説明に金額を出さないことを社内ルールにするのが確実です
参照した一次情報
- 契約書面等に記載すべき事項の電磁的方法による提供に係るガイドライン(消費者庁)
- 特定商取引法ガイド 訪問販売(消費者庁)
- 令和3年特定商取引法・預託法の改正について(消費者庁)
- 特定商取引に関する法律施行規則 第10条第3項・第4項、第18条第9号イ〜リ
- 特定商取引に関する法律 第4条第1項、第5条第1項・第2項、第6条第1項・第3項
訪問販売の契約実務について、ご相談を承っています。
承諾を求める画面の文言、紙と電子の導線、断られた記録の残し方。実装した立場からお答えできることがあります。インシナックスの実際の画面をご覧いただくこともできます。
お問い合わせ:info@michibikiworks.com