電子化しても紙はなくなりません — 訪問販売で紙のまま交付する書面と、その理由
この記事は、訪問販売で工事をともなう契約を扱う事業者向けに、特定商取引法の規定を整理したものです。一般的な情報提供であり、個別の案件についての法的助言ではありません。実際の判断は弁護士にご確認ください。
電子契約を検討される理由として、いちばん多くうかがうのが「ペーパーレスにしたい」というものです。印刷代、郵送代、ファイリング、保管場所。紙は場所も手間も取ります。
ただ、訪問販売については、先に申し上げておかなければならないことがあります。電子交付にしても、現場から紙はなくなりません。
減るのは確かです。しかしゼロにはなりません。法律が、紙で渡すことを求めている書面が残ります。 「ペーパーレス」という言葉で導入を決めてしまうと、運用を始めてから話が違ってきます。
この記事では、何が電子にできて何が紙で残るのか、なぜそうなっているのかを整理します。
結論:契約書面は電子にできます。承諾を証する書面は紙です
訪問販売で交付が義務づけられている書面のうち、申込書面(法第4条)と契約書面(法第5条)は、要件を満たせば電磁的方法で提供できます。 2023年6月1日施行の改正で、そうなりました。
一方で、電子交付の承諾を得たことを証する書面は、紙で交付する必要があります。
販売業者又は役務提供事業者は、第1項の説明及び第3項の確認をした上で、……承諾を得たときは、申込みをした者に対し、電磁的方法による提供を行うまでに、当該承諾を得たことを証する書面(当該承諾を書面によつて得た場合においては、当該書面の写しを含む。)を交付しなければならない。(施行規則第10条第7項)
条文が「書面を交付」としており、電磁的方法による提供の定めが置かれていません。この書面だけが、電子化の枠の外にあります。
なぜ、この書面だけ紙なのか
消費者庁のガイドラインは、はっきり書いています。
有体物としての書面(いわゆる紙媒体)を交付することが原則となる
例外の余地にも触れていますが、その対象が問題です。
不意打ち性や利益誘引性のない取引における契約書面や、クーリング・オフに結び付かずむしろ早期に勧誘を受ける取引の概要について消費者に把握を促すべき概要書面は、消費者から電磁的方法による提供についての承諾を得たことを紙媒体によって証することなく、早期に契約書面等に記載すべき事項を電磁的方法により提供することを認める余地がある
訪問販売は、不意打ち性のある取引の代表です。 特定商取引法が訪問販売を規制している理由そのものが、不意打ち性にあります。したがって、この例外は訪問販売には及びません。
理屈としても筋が通っています。電子で受け取ることへの承諾を、電子だけで完結させてしまうと、確認の意味がなくなります。 お客様の手元に何も残らないまま「承諾した」ことにされる形を、規則は避けています。
紙を1枚渡す。 それが、電子交付という仕組み全体を成り立たせている土台です。
この紙に、何を書くのか
「承諾書」という表題を付けて日付と署名欄を並べれば済む、というものではありません。ガイドラインが求めているのは、次のことです。
消費者が契約書面等の交付に代えて当該記載事項を具体的にどのような電磁的方法により提供を受けることについて承諾したのかを明らかにされた書面であること
「電子でお送りすることに承諾した」だけでは足りません。 どういう方法で受け取ることに承諾したのかが、書面から読み取れる必要があります。
ガイドラインは、記載の例をそのまま示しています。
お客様が契約書面の交付に代えて、当社ウェブサイトにアクセスしてファイルをダウンロードすることにより契約書面の記載事項の提供を受けることについて承諾したため
メールで送るならメールで送ると書く。ダウンロードしていただくならそう書く。承諾の対象になった方法が、そのまま書いてある必要があります。
これは、承諾を取るときに示す「電磁的方法の種類及び内容」(施行規則第9条)と対応しています。示した内容と、紙に書く内容がずれていたら、承諾を証したことになりません。 この点はチェックボックスでは承諾になりませんでも触れています。
いつ渡すのか — 送信の「前」です
条文は「電磁的方法による提供を行うまでに」交付せよ、と書いています。
メールを送る前です。 送ってから後日お渡しする、では要件を満たしません。
現場の順序に直すと、こうなります。
- 電磁的方法の種類と内容を示す(施行規則第9条)
- 説明する(施行規則第10条第1項)
- 適合性を確認する(施行規則第10条第3項・第4項)
- 承諾をいただく(施行規則第10条第5項)
- 承諾を証する書面を紙でお渡しする(施行規則第10条第7項)
- 契約書面を電磁的方法で提供する(法第4条第2項・第5条)
- 到達を確認する(政令第4条第3項、施行規則第12条)
5と6を入れ替えないでください。 順序が逆になると、その電子提供は交付として成立していないことになります。
承諾を紙で取ったなら、その写しで足ります
ここは、実務上ありがたい規定です。
第10条第7項のカッコ書きに、こうあります。
(当該承諾を書面によつて得た場合においては、当該書面の写しを含む。)
ガイドラインも同じ趣旨を書いています。
承諾手続を書面で行った事例において、当該書面に消費者が契約書面等の交付に代えて当該記載事項を具体的にどのような電磁的方法により提供を受けることについて承諾したのかなどが記載されているような場合には、消費者に承諾の書面の控えを交付することで(足りる)
つまり、承諾そのものを紙で取り、その控えをお渡しすれば、書面は1枚で済みます。
複写式の承諾書を1部作り、上を事業者控え、下をお客様控えにする。これで第10条第5項(氏名と理解した旨の記入)と第10条第7項(承諾を証する書面の交付)が同時に満たせます。
ただし、その紙に「どのような電磁的方法か」が書いてあることが条件です。署名欄だけの承諾書では、写しを渡しても第7項を満たしません。
ほかに、紙が残る場面
承諾を証する書面のほかにも、紙が必要になる場面があります。どれも「例外的な場面」ではなく、日常的に起きます。
電子での提供を希望されないお客様
承諾は任意です。希望されないお客様には紙で交付します。それでも電子の手続を進めることは、施行規則第18条第9号イが禁じています。
適合性が確認できなかったお客様
ご自身で操作できない、端末やメールを日常的に使っていない、という場合です。確認できないまま電子で送ることは、同第18条第9号トが禁じています。詳しくはご高齢のお客様に電子交付はできるのかに書きました。
途中で「やはり紙で」とおっしゃったお客様
承諾をいただいた後でも、意思表示があれば紙です。
これらは全部、紙の運用を残しておかなければ対応できません。 電子交付を入れたから紙の様式を廃止する、という進め方をすると、現場が止まります。
では、何が減るのか
正直に書きます。減るのは次のところです。
- 契約書面・申込書面の印刷。ここが分量としていちばん大きい部分です
- 郵送。その場で交付できなかったときの送付
- 再交付。紛失されたときの刷り直しと送付
- 保管。事業者控えの保存が、ファイルではなくデータになります
- 書き損じ。金額や日付の修正のたびに刷り直す手間
残るのは、承諾を証する書面1枚と、電子にできなかったお客様の分の一式です。
「紙がゼロになる」ではなく、「紙が1枚になる」。 これが、訪問販売で電子交付を入れたときの、実際の姿です。
それでも意味はあります。契約書面は10ページを超えることも珍しくありません。10ページが1枚になるなら、十分に大きな変化です。 ただ、期待の置きどころを間違えないでいただきたいのです。
実装してみて分かったこと
承諾書と控え書面を、1枚にまとめました
当初は、承諾を画面で取り、控え書面を別に印刷する設計でした。第10条第7項のカッコ書きを読んで、やめました。
紙で承諾をいただき、その複写をお渡しする形にすれば、紙は1枚で済みます。 そのかわり、その1枚に「どのような電磁的方法か」を必ず載せる必要があります。様式のテンプレートに、事業者名と提供方法を差し込む形にしました。
「送信」の前に、交付のチェックを置きました
順序を守るための仕組みが要ると考えました。
契約書面を送信するボタンの手前に、承諾を証する書面を交付したかどうかのチェックを挟んでいます。チェックがないと送信できません。
止めるか、警告にとどめるかは迷いました。ここは止める側にしました。 順序を逆にすると、その電子提供が交付として成立しなくなるためです。後から取り返しがつきません。
電磁的方法の記載を、変数にしました
「当社ウェブサイトにアクセスしてファイルをダウンロードすることにより」なのか「電子メールにより」なのかは、事業者ごとに、場合によっては契約ごとに変わります。
固定文言にすると、承諾で示した内容と控え書面の記載がずれます。 承諾の画面で示した方法が、そのまま控え書面に印字される形にしました。
紙の様式も、同じシステムから出す形にしました
電子交付できなかったお客様の契約書面を、別の仕組みで作ることになると、記載事項が食い違います。法定記載事項は、紙も電子も同じです。
同じデータから、電子ならPDF、紙なら印刷用の様式が出る形にしています。電子化の話をしているときに、紙の側の品質が下がるのがいちばん危ないと考えました。
プリンタのない現場を、想定に入れました
その場で紙を渡す必要があるので、印刷手段が要ります。モバイルプリンタを持ち歩くか、あらかじめ様式を刷って持参し、手書きで埋めるか。
あらかじめ刷って持参する方式を選ぶ場合、電磁的方法の記載が固定になります。 提供方法を1つに決めておかないと、その紙が使えません。紙の運用のほうが、システムの設計を縛ります。 ここは設計の順序として意外でした。
まとめ
- 申込書面・契約書面は電磁的方法で提供できます(法第4条第2項・第5条)
- 承諾を得たことを証する書面は、紙で交付します(施行規則第10条第7項)。ガイドラインは「有体物としての書面(いわゆる紙媒体)を交付することが原則」としています
- 例外の余地は不意打ち性のない取引についてのもので、訪問販売には及びません
- 紙には、どのような電磁的方法により提供を受けることに承諾したのかを書きます。「電子で送る」だけでは足りません
- 渡すのは電子で送る前です(施行規則第10条第7項)。順序を逆にできません
- 承諾を紙で取れば、その写しで足ります(同項カッコ書き)。複写式にすれば紙は1枚で済みます
- ほかに、承諾されないお客様・適合性が確認できないお客様・途中で紙をご希望になったお客様の分の紙が残ります
- 「紙がゼロ」ではなく「紙が1枚」。 ただし10ページが1枚になるなら、十分に大きな変化です
参照した一次情報
- 契約書面等に記載すべき事項の電磁的方法による提供に係るガイドライン(消費者庁)
- 特定商取引法ガイド 訪問販売(消費者庁)
- 特定商取引に関する法律 第4条第2項、第5条
- 特定商取引に関する法律施行規則 第9条、第10条第1項・第3項・第4項・第5項・第7項、第18条第9号イ・ト
訪問販売の契約実務について、ご相談を承っています。
承諾書と控え書面の様式、送信前のチェック、紙の様式の出力。実装した立場からお答えできることがあります。インシナックスの実際の画面をご覧いただくこともできます。
お問い合わせ:info@michibikiworks.com